ネタバレ含『20世紀少年 完全版』検証:教科書体とその周辺(その02)

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直近の暫定更新:2026.02.01

はじめに

ネタバレ含『20世紀少年 完全版』検証:教科書体とその周辺(その01)」の続きである。

2026年現在、浦沢直樹『20世紀少年』が予言の書に見えてくる情勢になってしまった。私と同様に、そのように思う読者も少なくない。そのため「社会情勢のお勉強」の準備としてこの作品を読むのもそう悪くない、という事態になっている。のみならず、作品中のマンガ家と同じような目に浦沢直樹氏が遭うことすら、荒唐無稽な空想ではなくなっていると私は感じる。ぜひそうならないで欲しい。

『20世紀少年』に「完全版」という別バージョンが在ることを私は2025年中盤頃知って、のけぞった。そこで14年ぶり(!)にこの作品を掘り返し、まず昔から在るほうのバージョン、すなわち「通常版」を何度も読んだ。こちらのバージョンには「通常版」という記載は特に無いので、注意されたい。ネットカフェに行くと置いてあるのは、まずこちらだろう。それに対して、紙の形では全然出回っていない「完全版」というものが在り、ここで調査検討の対象にしているのは、そちらである。なお特に断らない限り、私は『21世紀少年』も含めている。完全版ならば「12巻」に相当し、通常版ならば「23巻」「24巻」に相当する。

通常版と完全版との違いの一つは本のサイズである。掲載誌スピリッツのサイズはB5なので、スピリッツのサイズに比較して、通常版B6は70%、完全版A5は80%となる。掲載誌の大きさで浦沢氏は描いているだろうと推測され、通常版だとそれが結構縮小される。通常版を先に読み完全版を次に読む場合は、115%拡大される格好になる。

『20世紀少年』の通常版と完全版の最大の違いは「最終回」(『21世紀少年』)である。この点に関しては、今後繰り返し検討していく。で、次に大きな違いは、「西暦2000年の血のおおみそか」でのケンヂとカンナの別離シーンと、「ともだち暦3年」の万博会場でのコンサート会場でのケンヂとカンナの再会シーンであろう。ここで見開き2ページ分の新たな絵が追加され、情感揺さぶるような場面になっている。で「血のおおみそか」での別離シーンも、それと呼応するように新たな絵を追加している。それ以外の相違点はのちに少し検討する。

完全版には「教科書体のセリフ」が登場する

通常版になくて完全版には在るものの代表は「教科書体で書かれたセリフ」である。通常版のときは細い明朝体だったと思う。なので、書体の区別が完全版のほうは種類が増えている。大まかには次の4パターンを押さえておくと良い。これより細かい区別が存在する場面は在るが、それはあとから見直せば良いだろう。そうすると、完全版では次のようになる。これらは私が暫定的に定式化した「假説」「たたき台」であって、結論ではない。どういう場合にその書体を使うのかに関して、より適切な假説が在りそうならそちらに私は乗り換える。

完全版『20世紀少年』で使われている主な書体
通常のセリフ
回想シーンのセリフ
内面のセリフ
電子機器でのセリフ

いずれにせよ、完全版になって新たに「教科書体のセリフ」に書き換えられたのは作者たちのチームの意図的行為の結果である。したがって、通常版と完全版の相違を調べたり完全版での特に最終話の変更に及ぼす影響を調べる際に、無視しない方が良いと私は思った。

以下、特に教科書体のセリフである箇所を中心に、書体の検討を進めていく。過去や場合によっては未来の出来事の描写であると思えるケースを検討し、「誰かの回想の描写」なのかそれとも「過去の事実描写」なのか、といった検討を加えてゆく。ミステリなどのフェアプレイの原則をここに持ち出すならば、「誰かの回想の描写」には回想者の誤りや嘘が入りうるが、「過去の事実描写」には誤りや嘘は混入しないはずである。

ただし電子機器での音声はこの教科書体の使用のような修正方針と関係があまり無いので、ここでは中心的には扱わない。

以下「第○○○話」と書くのはすべて通算の数にする。そうすれば、完全版の読者も通常版の読者も計算ができ、参照も可能になる。

基本的な道具の整備

「完全版と通常版の違い」という話題とは一応別の問題になるのだが、書体の検討をするときに使う、基本的な概念の整理・整備をしておいたほうが便利だと感じた。なのでそれを少し記す。この話題は今後少しずつ加筆修正していく可能性が高い。

まず、「通常のセリフ」という言い方である。これについてはいろいろな言い方が存在するようだが、ひとまずこの「通常」というのは、「事実の描写」が行われている場面を指す…という呼び方にしておく。「事実」というのは、現在の事実過去の事実とが在る。稀に未来の事実という場合も在るかもしれないが、そのあたりは臨機応変に対応したい。ともかく、「事実の描写」が行われているときに、登場人物が会話や独り言など声を発する場合はそれはフキダシに囲まれて表現され、そこで「通常のセリフ用の書体」が使われているわけだ。

次に「内面」と「ナレーション」である。この二つが同じ書体で表現されるのは理由が在って、「どちらも現実の声に出さない」という共通点が在る。但しもしマンガをアニメや映画などで音声つきの作品に作り替えるとしたら、「内面」や「ナレーション」は必ずや「声」として表現されるに違いない。これらは恐らく「登場人物が別の登場人物に伝えようとする言葉」ではなくて「登場人物が読者・視聴者に伝えようとする言葉」という特殊な存在なのだと思われる。

そして「内面」と「ナレーション」とは違いも在る。暫定的な假説を立てておこう。「内面」も「ナレーション」も、絵の描写に随伴する。この絵というのは事実の描写である。「内面」というのは絵で表現されている「事実」と同時進行である。それに対して、「ナレーション」というのは絵で表現されている「事実」よりもあとの時点からの「後づけ」「回顧」でなされている。典型的には「まさか後になってそのような恐ろしい事が起こるなどとは、皆は知る由も無かったのである。」といったタイプの言語表現である。

それに対して「回想」というのはまた異なる。「回想」というのは「事実の描写」ではなく「誰かの記憶・想起・想像・妄想などの描写」を指すことにする。だから事実の描写と一致していても構わないのである。つまり、記憶が正確な人物の記憶や想起を描く場合であっても当てはまるのである。で、この作品の中では、「回想」の中での登場人物のセリフは、他と違った「教科書体」という書体が一貫して使われている、と私は判断した。で、この書体が1ページの中でずっと連続している場合は読者は容易に気づくが、一箇所だけこの書体が使われており、しかも少し大きいサイズで記載されているなどの場合、少し太い文字に見えるため他の書体との区別がつきにくいことが在る。その点では読者に識別の手間を少しかけさせる場合も時には在る。その点に注意したい。

上記の点にしたがって、以下の検討を今後少しずつ修正していく。

セリフ書体の検討:完全版第3巻

すがすがしい日に、既にかけ算を教わっている小学二年生によって4×4=16をかけられるケンヂとオッチョ(第044話「招集」)
通常のセリフ
セリフが通常時のセリフと同じでありナレーションも無いので、回想とは言えず非人称的な過去の描写である。後に提示されるように、バーチャルアトラクションでのヨシツネ(小学生時)の発言をもし普通に受け取れば、大変信じがたいことだが、凶悪な双子はケンヂたちの二学年下である、と判断せざるを得ない。
忘れっぽいヨシツネが、見た目がすっかり変わった双子を相手に、話しながら怒りに震えている。(第045話「一人じゃない」)
回想シーンのセリフ
通常のセリフ
セリフの書体が教科書体であり、ヨシツネの回想である。十六文キックを繰り出す双子を見て「最近の学校はどうなっとるんだ?」と思う人も当時居ただろうが、しかしあいにく、この双子はそもそも同じ小学校だったかすら疑わしい程なのだ。オッチョが成績優秀であることは知っていたようだが、しかし「よげんの書」の内容を双子が知っているかどうかは疑わしい。
双子が万丈目に語る、過去の記憶をほとんどなくしていたはずのケンヂが、ラジオの番組で双子への怒りを見せた話。(第045話「一人じゃない」)
電子機器でのセリフ
回想シーンのセリフ
通常のセリフ
最初のケンヂのセリフはラジオで流れたものなので、電子機器でのセリフの書体である。それに後続するセリフは視点がラジオ局内に移動したのかどうか、回想シーンでのセリフに使われる教科書体で語られる。ともあれヤン坊とマー坊の回想である。
ともだち平和祈念館に行ったカンナが七龍の空のどんぶりを見つける。(第051話「記念碑」)
回想シーンのセリフ
通常のセリフ
七龍の人の発話を思い出しているカンナの回想である。例によって特殊なフキダシであり、假に「線香花火型」と名づけておく。
警察を強く嫌うカンナを思い出す蝶野刑事。(第052話「蝶野刑事」)
回想シーンのセリフ
通常のセリフ
カンナの発話を思い出している蝶野の回想である。フキダシは「線香花火型」である。
鼻ホクロ警官が制服を着ないで珍宝樓によく食べに来ていたことを思い出すカンナ。(第055話「目撃者」)
回想シーンのセリフ
警官のセリフが教科書体なのでカンナの回想である。
不幸にも目撃してしまったブリトニーが、マライアとカンナに説明する。(第055話「目撃者」)
通常のセリフ
誰かのセリフが特に無いのでブリトニーの回想とは言い切れない。またナレーションではなく、通常のセリフと同じ書体で、ただし長方形のフキダシによって話される。
ブリトニーのアパートで、カンナがなぜか「ホクロの警官が犯人だ」と蝶野刑事に言ってしまった場面の直後。(第056話「真犯人」)
内面のセリフ
蝶野が過去の自分自身の発言を反復しながら、どうやらホクロ警官の顔を思い浮かべている。内面のセリフと同じ書体であり、回想扱いをする理由は特に無い。内面のセリフは「線香花火型」のフキダシに入っている。
特別懲罰房に入れられた角田が1342号の発話を思い出す。(第057話「海ほたる」)
回想シーンのセリフ
1342号の発話が教科書体で書かれており、角田の回想。線香花火型のフキダシである。かなり特殊な設定であり、角田が描かれておらず「バケモノ」が描かれているコマでのフキダシなのだが、「バケモノ」は1342号の発話を聞いていないはずなので、「バケモノの回想」ではなく、聞いたはずの角田の回想だと、読者は不思議と瞬時に理解する。
前回と同じく特別懲罰房に入れられた角田が1342号の発話を思い出す。その直後に角田は「バケモノ」に話しかける。(第058話「バケモノ」)
回想シーンのセリフ
1342号の発話が教科書体で書かれており、角田の回想。線香花火型のフキダシである。今度はフキダシのコマに描かれているのは角田であり、この描き方は普通。
前々回、前回と同じく特別懲罰房に入れられた角田が1342号の発話を思い出す。「バケモノ」は角田の居る独房に入り込んでいた。(第059話「トンネル」)
回想シーンのセリフ
1342号の発話が教科書体で書かれており、角田の回想。線香花火型のフキダシである。
山崎警察庁長官の自宅に話をしに来た蝶野。(第61話「強い味方」)
回想シーンのセリフ
カンナの発話が蝶野の頭をよぎる。カンナのセリフが教科書体で書かれており蝶野の回想。線香花火型のフキダシ。
上記のシーンにすぐに後続して、警察を信じないカンナ(たち)と俺を信じろと訴える蝶野との一連のやりとりのシーン。(第61話「強い味方」)
回想シーンのセリフ
すべてセリフが教科書体であり、蝶野の回想だと言えるが、書体以外の点では、「回想」なのか非人称的な過去描写なのかはかなり曖昧であるシーンともとれる。
お守りを自分に渡した斉木刑事を想起する蝶野刑事。(第63話「最後の希望」)
回想シーンのセリフ
斉木先輩のセリフが教科書体であり、蝶野の回想。線香花火型のフキダシ。
山崎警察庁長官の発話を想起する蝶野刑事。(第63話「最後の希望」)
回想シーンのセリフ
山崎のおじさんのセリフが教科書体であり、蝶野の回想。線香花火型のフキダシ。
映画大脱走前編を初めて見たマルオ・ヨシツネ・ケンヂと既に見ていたオッチョ。ポケットに手を突っ込んだまま校長に挨拶する反骨精神溢れるケンヂ。(第64話「大脱走」)
通常のセリフ
内面のセリフ
1971年、冬服なので小5の終わり頃か小6の秋以降の話だろう。教科書体のセリフは全く見当たらないので、(オッチョの)回想ではなく非人称的な過去描写だろう。ナレーションはオッチョのもの。

以下更新を続ける予定。