慌てて書くコメント:『街場の教育論』

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内田樹『街場の教育論』(ミシマ社、2008)について急遽コメントする必要を感じたので、慌ててコメントをする。5点ほどコメントする。

1つめは、p19に見られる次の箇所に、2011~2019年の間に急速に説得力が感じられなくなったという点だ。

しかし、幸いなことに(あるいは不幸なことに)、今の日本の教育制度を「これではいかんので、改めなさい」と軍事力を盾に命令してくるような勢力は存在しません。制度を改革する責任は一〇〇パーセント「私たち」にあり、現実にその主力を担うのは、教育論議において論客たちが「こいつらはダメだ。てんで使いものにならない」とさんざん罵倒し尽くした等の教師たち以外には存在しません。

しかし、2010年以降の日本の政治情勢の異常さから、日米合同委員会という組織が在ることが日本国民の一部にも広く知られるようになった。この組織は平たく言えば「米軍が軍事力を盾に日本の行政組織に命令してくることが可能な組織」である。ちゃんとそういう組織が日本に存在するのだ。その一方で、英語教育学等を専門とする大津由紀雄たちが、2005年には『小学校での英語教育は必要か』(amazon)その他の活動で「小学校での英語教育の義務化」に反対し続けたにもかかわらず、それが強行されたことも、私たちは知っている。その小学校英語が音声コミュニケーション中心のものであることも、だいたい推察できる。誰得なのかは考えるまでもなかろう。したがって、日本の教育制度を「改革」する責任が「私たち」に一〇〇パーセントある、などというものも遁辞にしか聞こえなくなっている。内田のこの主張は、とうに賞味期限切れの発言だというほか無い。

2つめは、教養教育というものへの根本的な誤解である。内田は、戦前の旧制高校での教養教育と、戦後の学制での教養教育とを、区別なく扱い、それを高く評価する。だが、この二つでは、東京大学を除く大学では全く性質が異なることに注意する必要が在る。戦前の旧制高校の教養教育というのは、それを受けたあとに進学先を決めるものなのだ。教養教育を一通り受けたあとに、法学部に行くか理学部に行くか、などを決めるものだったのだ。それに対して、戦後の教養教育はまるで違う。東京大学以外の大学での教養教育というのは、大学入試の時点ですでにどこの学部学科に所属するかを決めなくてはならない。そして、学部学科といった「進路」が決まってしまって動かしがたくなってしまった、そのあとに、行なわれたものなのである。全然「教養」教育の機能を果たしていない。たとえれば、戦前はお見合いを行なってから結婚する制度だったのが、戦後(昭和)は結婚を先にしてからお見合いをする義務が発生するようになった、というわけだ。そして、戦後(昭和)に行なわれた「教養教育」というものの多くは、看板だけのものであり、実際には「多くは専門課程に所属できなかった教員による専門教育」に過ぎなかったかったことも、或る時代までの大学生だった者はよくよく知っている。だから、戦前と戦後(昭和)の教養教育をまとめて同一のものとして扱ったり、それと専門教育とを一律に対比してはいけないのだ。戦後(昭和)の教養教育は、「大学生に専門を学ばせる機会を奪う」ために存在していたのに過ぎないのだ。まず、内田のような東京大学出身者は、それ以外の大学出身者のそういう実態を踏まえてから発言するべきだろう。

3つめは「学力」という語がただでさえ曖昧に使われやすいのに、この著作でもやはり曖昧に使い、そのことでメッセージが著者に都合の良い口当たりの良いものになってしまっている点である。まずp97を参照する。

日本の大学はそのほとんどが九〇年代に教養課程を廃止しました。入学してから二年間を教養教育のような「無駄なこと」に費やしてもしょうがない。それより入学してすぐから専門教育を施した方がいいと。財界・産業界からの強い要請があって、一年生から専門教育をすることにしました。十五年ほどそうやってやってきて、何が起こったのかというと、大学生の学力が著しく低下してしまった。新入社員が使いものにならない。昔は教養を二年間やって、三年四年で専門をやりました。専門教育期間を倍にしたのに、昔より専門の知識が劣化してしまった。これには教養課程の廃止を推進してきた文科省もびっくりしました。

これを読んだだけでもいろいろと疑念が生じてくる。まず何が起こったのかというと、大学生の学力が著しく低下してしまった。新入社員が使いものにならない。という二文の間にどういう「接続詞」を想定しているのかが、わからない。「たとえば」だろうか、とも思える。だが、言うまでもなく企業の新入社員は「専門の知識」の量や質によって入社できたわけではない。そもそも卒論に着手もしていないうちに「内定」が決まっていることからして、企業が新入社員に「専門の知識」を期待していないことが明らかであることがわかる。期待しているのなら、卒論ができあがってから「就活」を始めさせるはずだからだ。そうではないのだ。もう一つは、文系の場合、大学院生だとほとんど企業に就職できないことからわかる。この二点からして、「新入社員が使いものにならない」ことと「専門の知識」とは関係無いはずであることがわかるのだ。これを踏まえたうえで、p103を参照する。

話を戻します。専門特化したせいで学生の学力が落ちたという話でしたね。

別に学力が落ちたわけではないのです。専門的な知識や技術はそれなりに身についた。ただ、それが「何のためのものか」を考える機会が与えられなかったので、その知識や技術を「どう使っていいか」がわからない。他の専門領域とどんなふうにネットワークを組んで、どんな新しいものを生み出せるか、という「コミュニケーション」する仕方を知らない。そのせいで、日本の、とくに理系における科学的な生産力が低下してしまいました。文科省や中教審はあわてて、これではいけない、やはり教養教育をやらないとダメだと突然言いだしました。一年生から専門ばかりをやるのはやめてください。やはり最初の二年ぐらいは教養科目をやってください、と。この判断は遅きに失したとはいえ、正しいものだと思います。

まずここでの「学力」がどういうものを指すのか。教育談義でよく在る対立は「学んでついた力」のことを学力と呼ぶ人と「学ぶための力」のことを学力と呼ぶ人との「対立」である。たいがい、そこで双方が譲らないため議論が膠着する。だが、内田の云う「学力」はどうやらそれとも少し違うらしい。「学力が落ちた」といったときの「学力」というものを最初は「学んでついた力」のようにいっけん見せかけて読者をミスリードしたのちに、「学んでついたものを生かす力」に置き換えてしまう、というそういうトリックを内田は行なっている。だが、「学んでついたものを(実生活?で)生かす力」を「学力」と呼ぶなら、それはただでさえ混乱している「学力」概念をさらに混乱させるだけである。それは「学力」という語の価値をどんどん無効化していくだけなのだ。

ここで筆者はもう一つ疑念を投じておきたい。「学力」というのは誰かによって判定されたり見出されたりするものである。それが「数値」から遠ざかりあやふやなものになればなるほどそうである。なので、たとえば「学力が低下した」というときに、本当に学力が低下したのかどうか疑わしい場合が大いに在りうる。むしろ「学力を判断する側の要求水準がどんどん上昇している」場合にも、「学力低下」は起こる。少なくともここ十年~十五年くらいにもし「学力が低下している」ということが言われているとしたら、それはまず間違いなく、「学力として要求されているものの要求水準が上昇している」ことの言い換えである場合のほうが多いと思う。その「要求」があいまいなものになればなるほど、そうだ。この論点を付加しておきたい。

4つめと5つめは、もう簡単に述べるにとどめる。4つめは「専門家は他の専門家とコラボレーションする」ことが重要だと述べられる。だが筆者の見る限り、異質の専門家とコラボレーションすることのできる専門家は案外多い。むしろ「隣接領域の専門家」とコラボレーションできる専門家こそが少ない。きわめて少ないように見える。隣接領域とはたいがい対立が激しくて、とても議論が成立しにくいし、お互いに不干渉のほうが双方にとって「学問が進歩」するからだ。ただ、このことは、「高校生が大学を選ぶ」ことの妨げにはなっている。隣接領域どうしが違う学部や、立地的にかけ離れたキャンパスに置かれがちなのは、そのためでもある。高校生にとってはいい迷惑である。

5つめ、社会学科なんてもともと少ない。減ったのではなく最初から少ないのだ。それと、社会学があまりに多様化しすぎて、それこそ「他とコラボレーションする」ほうが双方に有利になるため、社会学者があちこちの新設学部に拡散したことも小さくないだろう。時間が無いので、以上にコメントをとどめておく。