コメント:山口二郎『政治のしくみがわかる本』
山口二郎『政治のしくみがわかる本』(岩波書店)
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この本全体が一つの大きな「物語」のようになっているとか、大きな構図やメッセージを提示している、といったタイプのまとまりの強い本ではない。個別に書かれている事柄には重要な事柄も多いのだが、全体として統一感の高い書籍という印象はあまり無い。ただ、この本の決定的な特徴は、おおむね2008年までの政治状況の「総括」を行なっていることだ。つまり現代の読者は「日本現代史」を勉強するような感覚で読むと、いろいろ学ぶところが在る。ここに書かれている事柄の或る面は完全にひと昔前の過去のことだろうし、別の面は2019年でも通用するような点も在ろう。その区別は読者が判断するしかない。ともあれそういう事柄を知りたいのなら、高校生も含め各年代の読者に推薦することができる。
タイトルには「政治のしくみ」とある。しかし、この本のなかで重要だと私が感じたのは、むしろ「しくみ」ではない内容のほうであった。つまり、「実際にこういう傾向があった」「こういうふうになっていた」という「現実」の指摘のほうに、よりこの書の価値が在ると思った。だが、それは「しくみ」を解説するというなかで出てくる事柄でもある。「○○ということになっている」という「しくみ」と、そのしくみにおいて「実際にはこういう傾向が在った」という「現実」とが分かちがたく一体化したような、その種の話題がこの書の特に重要なセールスポイントであると思う。
この書を薦めて良いと思う主なポイントは、日本の場合完全な三権分立制ではないことの指摘、立法府と行政府の一体化のような面の指摘がなされていることだ。それを議院内閣制とこの書では呼んでいる。通常の学習者は三権分立の学習から入ることも多いだろう。だが、学べばすぐにわかる通り、内閣総理大臣は立法府の成員から必ず選ばれるし閣僚も過半数は同様だ。立法府と行政府とは、単純に分立しているとは言い難い関係にある。その点をはっきりこの書は指摘し、のみならずそこにおける行政官僚の強さの指摘も併せて行なっている。与党は行政官僚の作文に依拠して法案を提出できるが、野党にはそれができない。その点で与党であり内閣である集団というものは、大変に大きな力をもちうるし、そうなってきてもいる。同様に、日本の議院内閣制は、大統領制に比べてリーダーシップがとりやすいとも言える。その指摘こそが重要であるし、あまり他書に書かれていなそうだ。
稲継裕昭 監修『キャリア教育に役立つ!官公庁の仕事』(あかね書房)を読むと、法務省と検察庁との関係というものがわからなくなってくる。稲継本では一覧図には、検察庁は不記載であった。さて、その点を踏まえて、山口のこの書を参照するのも面白い。山口本にも省庁の一覧図がやはり書いてあるのだが、他の省と庁などが実線で結ばれているのに対して、法務省と検察庁は点線で結ばれているのである。点線はこの箇所とあと、「内閣-人事院」の二箇所だけである。あとは全部実線で結ばれており、とりわけ法務省と他の外局や委員会も実線でつながれているのに、だ。面白くないか?もし、山口本がもっと最近書かれたものであれば、ここで日米合同委員会などの紹介などもあり、それと検察庁とを関連づけることもできたのだろう。だがこの本は2009年の書であり、そういう問題意識はまだ見られない。
この本は最初に述べたように「ひと昔過去」のものとして読まれるべきなので、「しくみ」についてすらも現在にそのまま引き継がれているかどうかはわからない。たとえば事務次官会議というものの存在は、その後転変している最中のようだ。また、全体的に官僚機構の力が弱まり、内閣府の力が強まっているというのも、類書のなかに指摘が在ったが、実際にそうかもしれないと思わせる。要するにダイレクトに「現状」を知るために役立つとは保証できない。それが高校生にこの書を無条件には推薦しづらい理由だと言えば言える。