コメント:三浦雅士『身体の零度: 何が近代を成立させたか』

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三浦雅士『身体の零度: 何が近代を成立させたか』(講談社)

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  • 普通の人が何とはなしに常識だと思っているものの真逆を、人間学的な文明史として描き出してみた書である。普通に考えると、人間の身体というのはまっさらなものであり、文明が進展するにつれて、そこにいろいろな加工を加えるようになっていく、というものだろう。その常識的な見方のちょうど反対こそが実情だったのではないかと述べているのだ。
  • この書のなかには、一部に「読んでいて気分が悪くなる」ような描写や話題も登場するので、その点はいちおう注意されたい。
  • この著者が「身体の零度」と呼ぶものは、書かれた当時はそういう言葉は無かったように思うが「ナチュラルメイク」や「すっぴん」といったものに近いとも言える(厳密には違うが、いったんそう措定しておく)。人間は文明の初期においてはまず身体を化粧やパーマなど加工することから始め、徐々に均質な身体を目指すようになり、その一つの終着点として「ナチュラルメイク」や「すっぴん」といった状態にまでたどりついた、というふうにみるとわかりやすいかもしれない。ただ、そのナチュラルメイクやすっぴんは、「軍隊」での整然とした動作や、「バレエ」等の表現芸術を可能にしたものと、軌を一にしている。学校の校則で「天然パーマ」の生徒がストレートパーマをかけることを義務付けられることがあったりするが、この種の逆説にふれるとことが本書のなかにもいろいろと散りばめられている。
  • この書物はいきなり生まれたものではなく、さらに十年ほど前であればもっと理論的に書かれたタイプの内容であろう。そこに、各種の豊富で具体的な「話題」をいろいろ盛り込むことで内容を豊かにした本である。そのように見ることもできる。
  • この書は、学術的な研究での参考文献に用いることも充分可能だと思うが、この書自体は学術的な書とまでは言えないだろう(「評論」なのだ)。というのも、少し歯切れの良い断定が目立ち、その箇所は学術ではあまりしないだろうものだからだ。ただそのため、読みやすい本に仕上がってもいる。
  • 人間の文明というものが、想像を絶して多様でありまた異様でもあったことを認識させてくれる。25年以上昔の本ではあるが、まだ読まれる価値は在ると思うし、さほど古さは感じさせないと思う。