コメント:土屋賢二『ツチヤ教授の哲学講義』

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コメント:土屋賢二『ツチヤ教授の哲学講義』(岩波書店)

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  • この書籍は哲学の入門書というふうに思われてしまうだろうが、しかしそれだけではもったいない。むしろ、少し硬い言葉を用いる営みをしているとき全般に迷いが生じたときに読むのに良い。この著作は「AとはAと呼ばれているものである」という考えを立脚点としている。この考えが充分には通用しない場面は案外少なくない。つまり反対に「一般にAと呼ばれているものは、実はAではない」という言い方が流通しやすい場面というものもまた、多いはずだ。たとえば文系も含めた科学でも、宗教的な言辞や各種の専門的な言語使用においても、そのような言い方が流通しやすい。そういうときに「いや、でもAと呼ばれているものがAなのだ」という考える方向に、この本は支持を与えてくれる。ただ、「ほとんど誰もが一致してAと呼ぶ」というほどの語は、哲学でどうしても多く扱いやすいので、そのために哲学の本になっているのだと思ったほうが良い。
  • とは云うものの、「ほとんど誰もが一致してAと呼ぶ」といえるほどの一致度を持たない、多くの語にはこの考えはストレートには適用できない。「ある人はXをAと呼び、別のある人はYをAと呼ぶ」とか「ある人はMをAと呼び、別のある人はMをBと呼ぶ」といったタイプの事態は、きわめて日常的に起こることだろう。そういうときには、この本に書かれた事も参考にしつつ、もっと高度な検討が必要になろう。