コメント:貴戸理恵『女子読みのススメ』

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貴戸理恵『女子読みのススメ』(岩波書店)

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  • 文学作品のススメに主眼があるので、作品単位に話が展開するのであって、話題ごとの連関やまとまりというものはあまり感じられない。たとえば、似たような話題であっても、学校でのいじめの話題と家庭での虐待の話題とが全然離れたページに置かれていたりする。なので、断片的に意外な見解や鋭い指摘が在る、というような形になっていて、あとは読者が考えるというタイプのそういう書籍である。著者自身がつきつめてないで、問題の在りかだけさらっと取り出してみるといったスタイルだと言える。
  • 私がこの本を推薦する理由の根幹の一つはこうだ。私は、「男性作者による女性登場人物の心理」などというものをあまり信用していない、これである。文字の本でもマンガでも良いが、男性が描く女性はしばしば男性に都合が良すぎたり、物語の展開上都合が良すぎたりして、リアルさにどうも信用がおけない。女性の感じ方というものを地に足が付いた形で捉えようとするのなら、何はともあれ、女性作家による女性登場人物の女性評者による描出といったもの、がまず無くてはならないだろう。この著書はその点で実に適切なものなのではないだろうか。ちなみに、文学とは無関係に同じようなことをやっている(と思う)ものに、仁藤夢乃『難民高校生』(amazon)(ブクログ)(読書メーター)もあり、同じような理由で一定の信頼をおくことができる。
  • さて、貴戸本に戻る。この本の基調をなしているのは、「そんなに、すっきり・くっきりした関係や感情などばかりでは世の中はない」というものだろうと思う。たとえば、恋愛。世の中では、恋愛感情とそれ以外というふうにきれいには分けられない。恋愛とは違った形の相手への強い思いというものも在るし、恋愛ではないのだけどどこか通底するような同性間の微妙で隠微な感情というものも在るし、自分をいじめぬく圧倒的に強い相手に対して感じる恋愛感情というものも在る。無論、フィクションに基づく見解ではあるが、実際にもそういうものだろう、と読者に思わせるものが在る。内容自体は実はあまり珍しくなくとも、女性作家・女性登場人物・女性評者の組合わせで生まれた文章で提示されると、説得力をもつ。
  • あるいは被害と加害という関係。徹底的に被害者になりきることによって、かえって加害者のほうを被害者にしてしまったり、はた目には被害者でありながら自分のほうこそが或る意味での「加害者」だと自認することで生きる、といったことも場合によっては可能であったりする。
  • この基調をたたえつつ、他にもいろいろな話題が提供される。「ぶす」と見なされる女子がどのように生きたか、とか、自分の理想の家族を作ることによって生まれ育った家庭を否定・忘却してかかろうという人生とか、スクールカーストの中ではたとえば「ギャル」が幅を利かせていたりする一方で、そういう空間でのいじめを突き抜けるために、「大人の女」の階段を一足先に上ってしまい、その自我によっていじめに対処していく、など(つまり「ギャル」と「大人の女」とは違うのだ)、いろいろな話題が提示され、或いは読者の側で話を再構成しえたりする。そのくらいには話題といったものがこの本には在る。
  • 日本語を流暢に使うことができる人がその日本語の理屈を外国語使用者に説明することが大抵難しいのと同様に、女子にこそわかる心理というものを女子が男性にわかるように説明することが存外難しい、というのは私は何度か経験したが、この本にもその要素が在る。そこがかえって本物らしくて良いのである。かわいいものに囲まれて暮らすことが好きという当初の嗜好がやがてシンデレラファンタジーなどを経由して、いつのまにか王子様を待ち焦がれる心性に育っていたりする、というのが女子が恋愛感情に至るひとつの王道のようだとのことである。しかし、筆者には「かわいいものに囲まれたい」と「王子様に来てほしい」とは全然別のものであり、直線的につながるような気がしない。だが、貴戸のこの本にそのミッシングリンクを説明する箇所は無かったと思う。飛躍が在るのだ。こういうところに、「本物の、女子による女子の心理の解説」らしさというものが現れていると思い、むしろ好感がもてる。同様に、たとえば「カレシが欲しい」欲望というものも、私にはあまりよくわからない。音感や色覚が異なった人の世界のように、間接的にしか理解できそうにないのだ。だが、たぶんそれでいいのだ。
  • ちなみに私がこの本で一番驚いた箇所は次の部分である。p99、初めて恋愛をする女の子達は、しばしば、「相手のことを知りたい」という気持ちばかりが膨らんで、「自分のことをどう伝えるか」がおろそかになりがちです。、とのことで、この箇所にはびっくりした。まさか平均的な女子が「自分のことをどう伝えるか」がおろそかになりがちだなんて、思ったことは無かった。意外だった。こういうことも在るので、やはり「本物の女子の書いた女子本」を読んだほうが良いのだ。男性作家・漫画家の描く女子心理はそのあとで参照すれば良いのである。
  • この本に書かれたことを「当たり前のことばかりじゃん」と感じる人もたぶん居るのだろうが、そういう人がこのタイトルの本を手に取ることはまず無いだろう。そういう意味で、需給のバランスがとれている本のほうだと思う。手に取った読者をそこまで退屈はさせないと思う。